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jacket

そのデパートの4階に上がった。
色とりどり、さまざまな服が並んでいる。
その一つ一つを眺めて、自分の好みを探してみる。

最初に気になったのは、あの雑誌に出ていた赤いダッフルコート。
トグルがキュートに見えて、冬にとても明るい気持ちになれるかなと思った。
手にとって見ると、少しだけ重たい気がする。
羽織ってみようかな。
でもずっと着れるだろうか。
私にとって少し重たい赤いコートは、ラックに戻した。

服はたくさんある。
一生かかっても全てを見ることはできないだろう。
誰かに声をかけて見てもらおうかな。

見渡してみれば、ゆっくり一か所を探している人もいれば、店員さんに勧められるままの人、慌ただしく探し回る人。

私はやっぱり一人で探すことにした。

フロアからはどんどん服が消えていき、紙袋をぶら下げた女性が勝ち誇ったようにエスカレーターを降りていく。

たまに泣き腫らして返品を求めようとする人もいるようだが、店側は基本的に応じないらしい。
例え応じたとしても、女性たちに納得の表情はない。

ふと目にとまったトレンチコートは私にぴったり、はやりすたりのないベージュのコートだった。
裏地を確認すると、ゴアテックスの表示がある。
なるほど、少し手触りも硬い感じがする。
思い切って、腕を通して見ると、やっぱりしっくりきた。
これにしようかな。

迷っていたところに、モデルさんのような人が通った。
その人が来ていたのはレザーのジャケット。
どのくらい着ているのだろう、ダメージが見える。

「あ、あの・・・」

思い切って声をかけてみると、その人はボブに整えられた綺麗な黒い髪を揺らして、「はい?」と笑顔を見せてくれた。

「そのジャケット、素敵ですね」

女性は驚いたように目を見開いた。

「これがですか?もう10年も着てボロボロなのよ。とても気に入っているのだけどね」

そう言って、その人はジャケットの袖口をわざと見えるように、おどけて見せてくれた。

私にはレベルが高いなぁ。
そう考えて、もう一度フロアを見て回る。

それからは、どんなコートもジャケットも、ぴんとこなくなってしまった。

目の前の風景に何も満足がいかなくて、どんなに似ているコートも少し違うんじゃないかと思えた。
何度も同じ場所を回っているうちに、最初に見た赤いダッフルコートを再び手にとって見た。
初めて見たときよりも、ずっと違って見えた。
それは、なんだか昔の写真を見ているような、そんな違いだった。

私は思い直して、エスカレーターを降りようと思った。

エスカレーターの降り口、立て看板にはこう書いてある。

「本当にお帰りですか?皆様はもう、お済ですよ」

私は少し苦い顔をして、それを隠すように唇を結んで足をエスカレーターに置いた。

いつか、必ず。

いつか必ず、自分にぴったり物が見つかるまで、私は探し続けよう。
あの人のあの顔、袖口を見せるようなしぐさ。

私にもきっと見つかるから。

大切な大切な私を包むようなジャケットが。

何か違う。

それを10年後に気づかされるよりは、もっと真剣に、大切に選ぼう。
とてもとても大切にしたいから。

そのジャケットを一生、ずっとずっと愛していたいから。

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